ATSU/KCOMのご紹介- information

JTOCとATSU/KCOMの提携が実現!

JTOCとATSU/KCOMの提携が正式に決定

2014年5月、兼ねてより交渉を続けていた JTOCとATSU/KCOMの提携が正式に決定しました。ミュージアム・オブ・オステオパシック・メディスン館長のジェイソン・ハクスト氏がクレイグ・フェルプス学長の署名入り契約書を神戸までお届けくださり、下村彰慶学長、レンゾー・モリナーリ名誉学長、JTOC理事立会いのもと、調印式を執り行いました。122年の歴史をもつATSU/KCOMにおいて、検体解剖を伴う解剖学授業が施設内で行われる国際提携は、今回のJTOCとの提携が世界初となります。
この提携により、JTOC学生は最終課程においてカークスビル現地で膜を中心とした解剖実習と筋骨格のエコー実習を受講できることになりました。また、日本に居ながらにして受講できるATSU/KCOMのオンラインコースも準備中です。

世界のリーダー ATSU/KCOM

ATSU/KCOMはオステオパシー初の教育機関として、常に世界でリーダーシップを取っています。総合大学であるATSUの在籍学生は約3,800人。オステオパシーの他にも、保健科学、健康管理や歯科学を教えており、その中でKCOMはオステオパスを志す約200名の新入生を毎年受け入れています。150エーカーのカークスビルキャンパスに加え、アリゾナにも59エーカのキャンパスがあります。SOMAと呼ばれるアリゾナ校では、毎年175名の新入生がその門をくぐります。
KCOM卒業生はオステオパシー開業医人口の約4分の1を占め、その多くが全米および国外でオステオパシー医師として活躍しています。

A.T.スティルの生涯とATSU/KCOMの創立

1828年バージニア州に生を受けたA.T.スティルは、牧師と医師を兼務する父親のもとで育ち、自らも医師となった。当時の医療に限界を感じていたスティルは、自身の観察や経験から得た知識と哲学に、様々な理論やテクニックを取り入れた新しい治療方法「オステパシー」をつくり出した。中西部のいくつかの村でこの普及を試みたが、当初はなかなか受け入れられず、1874年にミズーリ州カークスビルに落ち着いた。

スティルのもとに患者が集まるようになり、自分ひとりで扱いきれなくなると、彼は自分の子どもを含めた何人かを訓練し、診療所で手伝わせた。やがて、この治療方法を学びたいという者が十分集まり、1892年にカークスビルで2部屋だけのアメリカン・スクール・オブ・オステオパシー(ASO= 現ATSU/KCOM)を創立した。

1892年当時の校舎
Museum of Osteopathic MedicineSM, Kirksville, MO [2010.02.1540a]

学校は大成功し、校舎を増築したり診療所を新設したりして、着実に拡大していった。遠方からの患者を運ぶ鉄道が増便され、宿泊施設が整い、数々の雇用も創出された。このようにして、田舎の小さな村カークスビルはA.T.スティルの活躍とともに発展を遂げた。

着実に拡大していった学校
Museum of Osteopathic MedicineSM, Kirksville, MO [2001.65.01a]

彼から直接学んだオステオパスの中には、ウィリアム・サザーランド、シャーロット・ウィーバー、リトルジョン兄弟の他、日本人のK.ネモトがいる。1917年に89歳で亡くなるまで、スティルは教え子たちから「オールドドクター」として慕われ続けた。彼の哲学と原理は現在もATSU/KCOMで教えられている。

A.T.スティルと教え子たち
Museum of Osteopathic MedicineSM, Kirksville, MO [1980.423.10]

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※D.O.(Diploma of Osteopathy)、JTOC、日本オステオパシープロフェッショナル協会(Japan Osteopathic Professional Association)は登録商標です。
※各情報は随時変更する可能性がございますので、その旨ご了承ください。